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2007年11月23日 (金)

Re: 歴史の面白さとは何か? 一人の歴史ミーハーの歴史観

オータムさんが、 歴史について興味深い論考を書いてくれてます
ので、 紹介がてら、 一部ツッコミ f(^^;

 

過去は1つしか存在しないにも関わらず、絶対唯一の「正しい歴史」なるものは存在し得ないのです。理由は簡単で、過去の起こった出来事を伝える情報の大半が欠落しているからです。

そのとおりだと思います。
情報が部分的に失われている… 事実を伝える情報が非可逆的変化を受けていると言ってもいいかもしれません。
非可逆的変化を起こしてしまった情報から、 もとの情報を復元することは不可能です。 できることは、 よりもっともらしい情報を復元すること…。

ちなみに、 私は、  「過去は1つ」 = 「正しい歴史」 だと思ってますので、 私の言い方だと 「正しい歴史は存在するが、 それを知ることは原理的に不可能」 ってことになります。 f(^^;

※ 「歴史」 という言葉には、 過去の変遷・興亡の事実そのものを指す場合と、 その記録を指す場合があります。 ここでの 「正しい歴史」 の歴史は前者です。 ( たとえば、 「歴史書」 は後者です。 )

 

歴史探究とはゴールの存在しない探求行為であり、しかも新史料の発見や年代測定等の技術の進歩によって、常に常識がひっくり返る性質のものだと言えます。

そうです。 だから、 歴史が面白いのですよね。
暗記科目だった学校の歴史は、 もうほんとに大嫌いでした。 f(^^;
そんな私ですが、 20年ほど前に、 学校で教えられた 「歴史」 をひっくり返す本に出会って、 歴史好きになりました。

以上のような前提は、自明のものとして社会一般に受け入れられていません。

え? そうなのか…? (@@;
…いえ、 確かにそうですね。 私自身も、 20年ほど前よりも以前は、 きっとそうだったに違いないのです。 ( もはやさだかには思い出せませんが f(^^; )

そして、 歴史について、 「××という偉い先生が言ってることだから、 ○○なのは間違いない」 と妄信できる人というのは、 その解釈がひっくり返ることはありえないと、 きっと信じているんでしょうね。

「真実はいつもひとつ」 だけれど、 「真実にいつも到達できるとはかぎらない」 ということ。
これは、 歴史だけのことではありません。
現在起きていることでも同じです。 マスコミの報道することが、 おうおうにして事実とかけ離れたものであったりするのもそうでしょう。

 

さて…

邪馬台国論争の事例

…が出てきたので、以下、 少しツッコミ f(^^;

魏志倭人伝の記述通りに解釈すると邪馬台国は海の上になってしまう点です。

まず、 魏志倭人伝の記述は邪馬国であって、邪馬国じゃありません

で、 「海の上になってしまう」 というのは、 魏志倭人伝を解釈するさいに幾つかの仮定を入れています。

  • 帯方郡から女王国に至るには 1万 2千余里の道のり、 と書いてあります。 1里というのは、 漢の時代の 400m ちょっとと同じであろう、 という仮定を入れると、 1万 2千余里は 5,000km くらいのことになり、 九州よりはるかに南だよね、 という解釈になります。

    ※ 1里 = 400m強 という仮定を入れると、 狗邪韓国 ( 帯方郡から 7千余里 )  も韓半島に収まらなくなります。 逆に、  魏志倭人伝に書かれている 「帯方郡から狗邪韓国までが 7千余里」 ということを前提として ( 魏志倭人伝の記述が正しいと仮定して )、 1万 2千余里ならどの辺にたどり着けるかを概算すれば、  「[萌ゆる神の国!] 邪馬台国はどこ?」 に載せた地図のようになります
    ※ 魏の 1里が漢代と同じであろうというのは、 あくまでも仮定です。 魏の 1里が何mだったかということを書いた文献は残っていませんので。
    # Wikipedia を見てみましたが、 この中国の里単位についてさえ、 日本語バージョンより英語バージョンのほうが詳しいのは、 なぜ? …というか、 悲しい (;;
    # まぁ、 さすがに英語バージョンでも、 1978年の 「数理科学」 3月号に掲載された論文 「『周髀算経』之事」 にまでは言及してなかったけど。 ( この論文では、 周時代の 1里は 76~77m だったということを、 『周髀算経』 という算術書から導出している。 )
     
  • 道程から位置を計算してみると邪馬壱国は会稽東の東にあたる、 と書いてあります。 「東」 という地名はないので、 これは 「東 ( とうや ) 書き間違いであろう、  という仮定を入れると、 会稽郡の東冶は、 台湾北端の対岸付近だから、 九州よりはるかに南だよね、 という解釈になります。
    ※ ちなみに、 東冶は西暦260年に会稽郡から建安郡の所属に変わってます。 魏志倭人伝が書かれたときには、 「建安東冶」 です。

    ※ 「会稽東治の東」 の文のちょっと前に、 「夏王朝の少康王の子が、 会稽の領主に任ぜられ、 水辺に民に刺青を教えた。 今の倭人も、 同じように刺青をしている。」 という話が出てきます。 「会稽東治」 というのは、 少康王の子が会稽の海辺付近 = 長江の河口付近 ( 会稽の東部 ) で行ったこの治績のことを指しているのだと解釈すれば ( 仮定すれば)。 つまり、 会稽の真東なら、 九州南部から屋久島・種子島のあたりになりますから、 正確には東と言うより東北東だけど、 まぁだいたい九州付近に当たってると言えるよね、 ということになります。

「解釈したら海の上になってしまうよ、 ははは…w」  ( 自分の解釈が正しく、原文のほうがヘンだ ) というのと、 「原文を変えずに、 海の上にならない解釈もできるよ」 (原文が正しいとすると、こう解釈できる) というのと、 どっちが良いか…? というか、 どっちが歴史を追求する立場として優れているか…?

科学であれば、 結論がおかしい ( 「海の上になってしまう」 ) ならば、 導入した仮定が間違っていたのではないかと推定するのが普通なんですが、 歴史学の大勢ではそうではないようです。

邪馬台国が日本のどこかに存在するという結論を得るためには、何らかの形で記述の解釈を修正しなければなりません。

「記述の解釈を修正」 ですか?
「歴史はなぜ面白いのか」 の節で書かれていることからすると、解釈を修正することがあるのは構わない、 というか、 それがあるから面白いのですよね?
記述を修正して解釈」 かな。

これまで多くの研究者が、 魏志倭人伝を 「何らかの形で記述を修正して解釈」 してきたのは確かです。 今でも、 九州より東の地に持っていこうとする論者は、 「南は東の誤り」 だとか 「陸行 1月は 1日の誤り」 だとか、 魏志倭人伝の記述を修正せざるをえません。
でも、 上に書いたように、 魏志倭人伝の記述を修正せずに、 邪馬壱国が日本のどこか ( 九州あたり ) にあったと解釈することは可能です。

その修正は恣意的なものにならざるを得ないので、非常に広範囲の様々な場所に比定することが可能となります。

原文を修正してしまえば、 どこにだって持っていけますからねぇ f(^^;
伊豆でも八幡平でもジャワ・スマトラでもエジプトでもムー大陸でも (w

主な説が畿内説と九州説の2つに収束しているのはある意味で不自然です。

[ うちとこにあったに決まってるという京大 (畿内説) ] vs [ 京都がなんだという東大 (九州説) ] f(^^;

たしかに不自然に見えるかもしれませんね。
近畿説は、 江戸時代の学者・松下見林が 「邪馬台は大和の和訓なり」 と断言して始まったと言われています。 ( → [萌ゆる神の国!] 邪馬台国の卑弥呼? )
松下見林の言う 「邪馬台はヤマトと読む」 という言明 ( そう読めるという証拠は出していません ) を受けて、 「南は東」 だとか 「1月は 1日」 だとかの原文修正をやって出来上がってきたのが、 近畿説です。
対して、 原文をなるべく修正せずに解釈しようとすると、 九州説になります。 帯方郡と狗邪韓国の位置関係を変えない限りは、 九州付近にならざるをえないからです。
なので、 「邪馬台はヤマトと読む」 という言明を正しいのだと信じた人がいなければ、 九州説だけに収束していたかもしれません。

単なる地方対中央の権力の綱引きの1つの手段でしかありません。

まぁそうかもしれません。
私には、
    [ 天皇家一元主義者の畿内説 ] vs [ 真面目に考えてみた九州説 ] vs [ 近畿に持っていけるなら自分のとこでもいいじゃんというその他諸々 ]
…っていう、 三つ巴の構図に見えてます f(^^;

それと。 肝心の福岡市は及び腰です。
福岡市博物館のページを見ると、

  • 邪馬台国/邪馬壱国と福岡市は、 直接関係しない。
  • 奴国はあった。 ただし、 倭奴国という、 日本列島の代表だったとは認めない。 倭という存在の下部組織としての奴国である。

という立場に立っているように見えます。

 

邪馬台国論議はこれくらいにして f(^^;

オマケ・歴史の面白さを楽しむためのガイド
まずテレビの一般向け歴史番組や、一般向け歴史解説書などは手を出さないこと。

そのとおり!
いや、 手を出してもいいけど、 あくまで 「お話」 として受け取ること。

一般向けは、 おもしろおかしくウケてナンボ、 ですから。
それこそ科学的な話と見せかけたトンデモ、  「サイエンス・エンターテインメント」 なんて分野まであるくらいですw

読むものは第1線の研究者の書いたものとすること。

「第1線の研究者」 かどうか判定するのが難しかったり… f(^^;
少なくとも、
・ 根拠とする史料がこうなっていて、
・ こう推論すると、 こういう結論になる。
という、 根拠と論証が書いてあること。
つまり、 科学で言う追試 ( 人の実験したことを、あとからその通りに試みて確かめること。 [広辞苑 第4版] ) が出来るように書いてあること。

そういう本であれば、 最初はムリでも、 いろいろと勉強していけば、 自分で追試できるようになります。 追試できれば、 その結果により、 納得するか反論するかできます。

私は今までに、 少なくない本で、
・根拠とする史料の名前くらいは出す ( 史料状況までは言わない、 というか、 確かめてないか、 わざと隠している )
・結論だけ書く ( どうしてそういう結論に到達できるのかは書かない )
という状況に出会いました。 こういうふうだと、 自分で追試することは不可能です。
追試できないことは、 最後はそれを信じるか信じないか、 という 「宗教」 になってしまいます。

 

さて。 最初のほうで 「よりもっともらしい情報を復元すること」 と書きました。
この 「もっともらしい」 とはナニか、 が問題です。

私は、 より多くの史料 ( 古文書や金石文、 考古学的遺物など ) を、 より矛盾が少なく説明できることが、 よりもっともらしいと考えます。
しかし、 どうやら世の中には、 自分の信念に沿う説明がもっともらしい、 と判定する人が少なくないようです。
邪馬壱国問題で言えば、 問題の原点である魏志倭人伝を矛盾無く説明できることよりも、 自分が信じる場所を卑弥呼の居たところであると説明できるほうがもっともらしい、 と判断する人々です。

歴史学・考古学といった分野が科学になるのは、 日本ではかなり遠い未来のことのようです。

 


( 追記 ) オータムさんの 「歴史の面白さとは何か? 一人の歴史ミーハーの歴史観」  の追記より

「第1線の研究者」という言葉を使っていますが、これはより正確に言えば「次々と出現する史料と直接向き合っている人達」となります。

なるほど、 了解です。
これもその通りで、 古代史でも、 他人の解釈に頼ってその上で自分の推論を述べてるだけという研究者が少なくありませんが、 読んでて面白くありません。 というか、 上で書いたような追試ができませんから、 ストレスが溜まります。 f(^^;
そして、 新史料だけでなく、 古い史料であっても旧来の説 ( 解釈 ) に囚われずに、 きちんと向き合って書いてある本は面白いです。 私は、 そういう人も、 第一線の研究者に入れたいと思います。

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